たような声がいくつもあったようだけど、そんな時に誰が誰だかわかりやしないわ。ただ耳が潰れるほどキーキーピーピー云うだけですもの。
 だけど私は黙っていたの。声を出すより先にどうかして、袋を破いてやろうと思って、一生懸命に藻掻《もが》いていたの。だけど袋が小さい上にトテモ丈夫に出来ているので、噛み付こうにも噛み付けないし、力一パイ足を踏ん張ると首の骨が折れそうになるし、その苦しさったらなかったわ。だけど、それでも生命《いのち》がけの思いで、力のありったけ出して藻掻いているうちに、妾のまわりの叫び声が一ツ一ツに担ぎ上げられて、四ツか五ツ宛《ずつ》行列を立てながら階段を昇りはじめたの。その時にはチョットの間《ま》みんなの叫び声は止んだようだけど、その階段の音が聞えなくなると、又前よりも非道《ひど》い泣き声や金切声がゴチャゴチャに聞え始めたの。めいめいに男の名を呼んでヒイヒイ泣いていたようよ。
 だけど妾それでも泣かなかったの。そうして死に物狂いになって、両手で頭をシッカリと抱えながら、足の処の結び目を何度も何度も蹴ったり踏んだりしていたら、身体《からだ》中が汗みどろになって、髪毛《かみのけ》が顔中に粘り付いて、眼も口も開けられなくなってしまったの。その中《うち》に袋の中は湯気が一パイ詰まったように息苦しくなって来るし、髪の毛は顔から二の腕まで絡まって、動くたんびにチクチク抜けて行くし、おまけに着物と毛布が胸の上の処でゴチャゴチャになって、袋の中一パイにコダワリながら、お乳を上へ上へと押し上げるので、その苦しさったら……もう死ぬかもう死ぬかと思った位よ。そうしてそのうちに……御覧なさい。この臂《ひじ》の処が両方ともこんなに肉が出てピカピカ光っているでしょう。この臂はヤングが「|猫の臂《キャツエルボウ》」って名をつけて、紐育《ニューヨーク》婦人の臂くらべに出すって云っていたくらい柔らかくてスンナリしていたのが、知らないうちに擦《す》り破れてしまって、動くたんびにヒリヒリと痛み出して来たんですもの。……それに気が付くと妾はもう、スッカリ力が抜けてしまって、意地にも張りにも動けなくなったようよ……両方の臂を抱えてグッタリとなったまま、呼吸《いき》ばかりセイセイ切らしていたようよ。
 そのうちに又、上の方から四五人の足音が聞えて来ると、みんなの叫び声がまた、ピッタリとなっちゃったの
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