。それに連れて降りて来る男たちの話声がよく聞えたのよ。器械の音とゴッチャになったまま……。
「アハハハハ。非道《ひで》え眼に会っちゃったナ。あとでいくらかヤングに増してもらえ」
「ヂックの野郎が余計な宣告を饒舌《しゃべ》るもんだから見ろ……こんなに血が出て来た」
「ハハハハ恐ろしいもんだナ。袋の中から耳朶《みみたぼ》を喰い切るなんて……」
「喰い切ったんじゃねえ。引き千切《ちぎ》りかけやがったんだ。だしぬけに……」
「俺あ小便を引っかけられた。コレ……」
「ウワ――。あれあスチューワードが持ち込んだ肥《ふと》っちょの娘だろう。彼奴《あいつ》の鞭で結《ゆわ》えてあったから……」
「ウン。あのパン屋のソニーさんよ。おかげで高価《たけ》え銭《ぜに》を払ったルパシカが台なしだ。とても五|弗《ドル》じゃ合わねえ」
「まあそうコボスなよ。女の小便なら縁起《えんぎ》が宜《い》いかも知れねえ」
「人をつけ……ウラハラだあ……」
「ワハハハハハ」
 ……だってさあ……こんな事を云い合って呑気《のんき》そうに笑いながら、その男たちは又四ツばかり叫び声を担ぎ上げたの。
「サア温柔《おとな》しく温柔しく。あばれると高い処から取り落しますよ。落ちたら眼の玉が飛び出しますよ」
「小便なんぞ引っかけないように願いますよだ。ハハハハハハ」
「ドッコイドッコイ……どうでえこの腹部《ポッポ》のヤワヤワふっくりとした事は……トテモ千金《せんきん》こてえられねえや」
「アイテッ。そこは耳朶《みみたぼ》じゃねえったら……アチチチ……コン畜生……」
「ハハハハ。そこへ脳天を打《ぶ》っ付けねえ。その方が早《はえ》えや」
「アイテテ……又やりやがったな……畜生ッ……こうだぞ……」
 って云ううちに、……ギャーッて云う声が室中《へやじゅう》にビリビリする位響いて来たの。
 その声を聞くと妾は又夢中になってしまって、身体《からだ》中にありたけの力を出しながら、床の上を転がり始めたの。そうして出来るだけ電燈の光りの見えない方へ盲目探《めくらさぐ》りに転がって行って、何かの陰を探して隠れよう隠れようとしていたの。そうすると今度は男たちの靴の音が離れ離れになって、一人か二人|宛《ずつ》あとになったり先になったりしながら――次から次に担ぎ上げて行くうちに、とうとう、室《へや》の中の叫び声が一ツも聞こえなくなってしまったのよ。
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