せったらヂック……そんな事をしたら化けて出るぞ」
「ハハハハ……化けて出たら抱いて寝てやらあ……何も話の種だ……エヘンエヘン」
「止せったら止せ……馬鹿だなあ貴様は……云ったってわかるもんか」
「まあいいから見てろって事よ……これあ余興だかンナ……俺の云う事が通じるか通じないか……」
 って云ううちに、そのヂックって男は、又一つ咳払いをしながらハッキリした露西亜《ロシア》語で演説みたいに喋舌《しゃべ》り出したの。
「エヘン……袋の中の別嬪《べっぴん》さんたち。よく耳の垢《あか》をほじくって聞いておくんなハイよ。いいかね。……お前さん達はみんな情人《いいひと》と一緒になりたさに、こんな姿に化けてここへ担《かつ》ぎ込まれて来たんだろう。又……お前さん達の情人《いいひと》も、おんなじ料簡で、お前さん達をここまで連れて来たんで、決して悪気じゃなかったんだろうが、残念な事には、それが出来なくなっちゃったんだ。いいかい……だからね。……エヘン……だから怨むならばだ……いいかい……怨むならば、お前さん達の情人《いいひと》にこんなステキな智恵を授けた、ヤングという豪《えら》い人を怨まなくちゃいけないんだよ。……それからもう一人……この艦《ふね》に乗っている俺たちの司令官《たいしょう》を怨みたけあ怨むがいいってんだ。……イヤ……事によると、その司令官《たいしょう》だけを怨むのが本筋かも知れないがね……どっちにしても、お前さん達のいい人や、そんな連中に頼まれた俺達を怨んじゃいけないよ。いいかい……という訳はこうなんだ。先刻《さっき》ヤングさんが司令官《たいしょう》に、お前さん達を亜米利加《アメリカ》まで連れてっていいかって伺いを立ててみたら、亜米利加の軍艦の中には、食料品《たべもの》より以外《ほか》に肉類《にく》を一切置いちゃイケナイってえ規則になっているんだッてさあ……だからね……折角《せっかく》ここまで来ているのをホントにお気の毒でしようがないけど、ちょうど風も追い手のようだから、お前さん達はその袋のまんま、海を泳いで浦塩《うらじお》の方へ……」
 ここまでその男が饒舌《しゃべ》って来たら、あとは聞えなくなっちゃったの。だって妾のまわりに転がっている十いくつの袋の中から、千切《ちぎ》れるような金切声が一どきに飛び出して、ドタンバタンとノタ打ちまわる音がし始めたんですもの。中には聞い
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