かったかな……と思った。元来、何しにここへ来たんだか吾輩自身にもわからないので、いわば好奇心に駆られて来たに過ぎない。とりあえずこれから用向きを考え出さなければならないのだが、コンナ婦人に改まられると、考えて来た用向きでも引込んでしまうのが吾々、男性の弱点である。
「只今。千代町の藤六|爺《じい》から電話がまいりましたが……生憎《あいにく》途中で切れましたが……」
 ああ助かったと吾輩は思った。チャンスチャンス……。
「……あの娘がどうか致しましたので……」
「ヘエ。実はその……此村……ヨリ子さんが……」
「どうしたんですか一体……」
 急《せ》き込んだ夫人の語気が、だんだんお里をあらわして来た。吾輩は思い切って打明けた。
「実は……その自殺未遂で……」
「エッ。自殺……」
 この時の夫人の驚きようの美くしかったこと……市川|松蔦《しょうちょう》だって、こうは行くまい。細長い三日月|眉《まゆ》の下で、大きな瞳をゆっくりとパチパチさした。唇を半分開いてワナワナと震わした。白い両手を胸の上でシッカリと握り合わしてヨロヨロと背後《うしろ》へよろめいた。たしかに西洋映画の影響だ……と思ううちに
前へ 次へ
全106ページ中95ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング