探偵……すなわち吾輩の推量通りであった。
 元来が荒事《あらごと》に慣れない、無類の臆病者の吉之介は兇行後、現場《げんじょう》の恐ろしさに慄《ふる》え上がって一旦は逃げ出して附近の安宿に泊った。しかし、それから又、五十銭銀貨の事を思い出したので、翌る晩の真夜中から、一生懸命の思いで、人目を忍んで、空屋に這入って懐中電燈の光りで探しまわった結果、やっと三晩目に台所の漬物桶の底から、真黒になった銀貨二千余円を発見するとスッカリ大胆になってしまった。その金を稀塩酸で磨いて、紙の棒に包んだのを資金として、故意《わざ》と直ぐの隣家《となり》に理髪店を開いていたところは立派な悪党であった。こうしていれば誰にも判明《わか》る気遣いは無いと、安心し切っていたものであった。だから後家さんが帰って来てから自分に疑いをかけて、何度も何度も詰問しに来たけれども都合よくあしらって、知らん顔をしていたという。その大胆不敵さには箱崎署も舌を捲いていた。
 発覚の端緒は現場に捨てて在った両切の煙草であった。斯様《かよう》な微細な点に着眼して、附近に住む両切煙草の使用者を片端《かたっぱし》から調べ上げた箱崎署の根気と苦
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