りであるが、残念ながらこの若い親方にはトテモ敵《かな》わないと思った。
一軒隣りの荒物屋のお神さんが移転《ひっこ》すのを考えているというのも無理はないと思った。芝居の丹次郎と、久松と、十次郎を向うに廻わしてもヒケは取りそうにないノッペリ面《づら》が、頬紅、口紅をさしているのじゃないかと思われるくらいホンノリと色っぽい。それが油気抜きの頭髪《あたま》にアイロンをかけてフックリと七三に分けている。
白い筒袖の仕事着を引掛けているから着物の柄はわからないが、垢の附かない五日市の襟をキュッと繕って、白い薄ッペラな素足に、八幡黒《やはたぐろ》の雪駄《せった》を前半《まえはん》に突かけている。江戸前のシャンだ。二十七八の出来|盛《さか》りだ。これ程の男前の気取屋《きどりや》が、コンナ片田舎のチャチな床屋に燻《くす》ぼり返っている。……おかしいな……妙だな……と男ながら惚れ惚れと鏡越しに見恍《みと》れているうちに、若い親方は、吾輩の首の周囲《まわり》に白い布片《きれ》をパッと拡げた。
「お刈りになりますので……」
と前こごみになって吾輩の顔を覗き込む拍子に、その白い仕事着の懐中《ふところ》から
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