チリ屋が、熊鷹式の眼を爛々と光らしているものだ。
 ところがこの玄洋日報社はドウダ。
 見る影も無いビッコの一寸法師で、木乃伊《ミイラ》同然に痩せ枯れた喘息《ぜんそく》病みのヨボヨボ爺《じじい》と云ったら、早い話が、人間の廃物だろう。そいつが煎餅《せんべい》の破片《かけら》みたいな顎に、黄色い山羊髯を五六本生やして、分厚い近眼鏡の下で眼をショボショボさせている姿は、如何に拝み上げても山奥の村長さんか、橋の袂《たもと》の辻占者《うらない》か、浅草の横町でインチキ水晶の印形《いんぎょう》を売っている貧乏おやじが、秋風に吹かれて迷い込んで来たとしか思えないだろう。吾輩みたいな、東京中の新聞社を喰い詰めた、パリパリの摺《す》れっ枯らし記者の上に立つ編輯長とは、どう割引しても思えないだろう。
 ところがその山羊髯|老爺《おやじ》がソレでいて、ドコか喰えない感じがする。凄いところが在りそうな気がして、たまらなく薄気味が悪いから怪訝《おか》しい。早い話が昨日《きのう》だってこの老爺《おやじ》は、タッタ一眼、顔を見合わせただけで、どこの馬の骨だか、牛の糞だか判然《わか》らない……しかも悪タレ記者である
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