支払まで済まされて姓名不詳扱いにされていれあ世話はない。アラ行ッチャッターの辻占《つじうら》がチット当り過ぎた。
「畜生……どうするか見ろ」
 と独言《ひとりごと》を云いながら起き直ってみたがモウ間に合わない。
 その時にフト寝台の下を見ると、タッタ今新聞の間から落ちたらしい手紙が一通、脱ぎ揃えたスリッパの上に載っかっている。オデコを窓枠にぶっ付けながら拾い上げて見ると赤インキの走り書きで、
   羽 束 友 一 大兄
         霜川支配人委托
 と表に……裏面には読み難《にく》い蚯蚓体《みみずたい》の走書《はしりがき》で「津守老生」と署名してある。慌てて封を切ってみると、いよいよ読み難い赤インキのナグリ書きが古い号外の裏面に行列している。
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「冠省《かんしょう》、昨夜博多ホテル霜川支配人より、玄洋日報社に羽束と称する記者ありやと尋ねられしまま、失礼ながら小生保証|致置候《いたしおきそうろう》。序《ついで》に御同宿の婦人の事、同支配人より委《くわ》しく拝承、貴殿ならではそこまで引っぱり込み得ざる相手と存じ、本社の特種と致度《いたしたく》、警察と打合わせ手配
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