階が九州随一の豪華を誇る博多ホテルになっている。その下の方はカッフェ、理髪、玉突、食堂なぞいうデパートになっていて、いずれも福岡一流のダンデーな紳士が行く処だそうな。
そんな処とは知らないもんだから、若い男の後《あと》から跟《つ》いて行った吾輩は、ビルの玄関に這入るとギョッとした。ナアニ、設備の立派なのに驚いたんじゃない。正面の大鏡に映った吾輩の立姿の見痿《みすぼ》らしいのに気が附くと、チャキチャキの江戸っ子もショゲ返らざるを得なかったのだ。同時に、今の田舎からポッと出の青年店員みたような男が這入る処じゃないと気が付いた。
「畜生。俺を撒く了簡《りょうけん》だな」
と思うと直ぐ鼻の先に居る下足番に帽子《シャッポ》を脱いで聞いた。
「今ここへ若い店員風の男が這入って来たでしょう」
「ヘエ……」
と下足番は眼を丸くして吾輩を見上げ見下《みおろ》した。やはり刑事か何かと思ったのであろう。
「そのエレベーターに乗って行きました」
と指さす鼻の先へ、小さなエレベーターがスッと降りて来た。青い筋の制服を着たニキビだらけの小僧が運転している。
吾輩は直ぐにその中に飛び込んだ。
「お待遠様。
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