敷では間に合わなくなったので、別の新しい大風呂敷を出してキューと包み上げながら店を出た。紺羅紗《こんラシャ》の筒ッポーに黒い鳥打帽、黒い前垂れに雪駄《せった》という扮装だから、どこかの店員が註文品でも届けに行く恰好にしか見えない。しかも、そうした前後の服装の態度の変化がチットも不自然じゃない。慣れ切っている風付《ふうつ》きを見ると、一筋縄で行く曲者《くせもの》じゃなさそうだ。二人の刑事が車掌台に頑張っていなかったら吾輩とても撒《ま》かれたであろう。
 若い男は大胆にも、タッタ今刑事を載せて行った電車のアトから電車道の大通りをこっちに渡って、吾輩が立っているのに気が付いてか付かないでか見向きもせずに通り抜けて、西門通りの横町に這入って行った。それから二三町行って小さな坂道を降りると、郵便局の前から又右に曲った。オヤオヤこの辺をグルリと一廻りするつもりかな……と思い思いあとから電車通りに出てみると、先に立った若い男は呉服町の停留場まで来て、ちょっと躊躇しながら、右手の博多ビルデングの中へスウッと消え込んだ。
 博多ビルデングというのは、この頃建った福岡一のルネッサンス式高層建築で、上層の三
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