その夕方、安島家から厳《いか》めしい顧問弁護士が、玄洋日報社へ乗込んで来て、社長と山羊髯に面会して記事の取消を厳命したという事で、その翌る日の朝刊の一面に「事実無根……安島家云々」の二号活字の取消広告と、社会記事の末尾に小さな取消記事が五行ばかり出た。
吾輩は、それを見ると大いに不服で、早速山羊髯に抗議を申込んだが、山羊髯は平気で眼をショボショボさした。
「ヒッヒッ。安島家はのう。玄洋日報社の一番有力な後援者じゃけにのう。否《いや》とも云えんでのう……社長どんも弱っとったわい」
「そんならモウ一度、安島家に談判して下さい。玄洋日報社へ十万円寄附するか……どうだと云って……。イヤだと云えあ玄洋日報社員をピストルで撃った事実を公表するがドウダと云って下さい。グランド・ピアノが証人だ。失敬な……」
「まあまあ。そう腹を立てなさんな。あの取消広告はのう。誰も信じやしませんわい。……のみならず取消広告たるものは大きければ大きいだけ記事の内容を強く、裏書きする意味にもなるものじゃけにのう。ホッホッ……」
「それ位の事は知ってます。あいつは僕を社会主義だなんて吐《ぬ》かしやがったんです。おまけに犬
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