、その金を捲上げて、後家さんの口を閉《ふさ》いで、高飛びするつもりでした。
どうせ死刑になるんなら何も彼《か》も申上げて死にます。御手数をかけて済みません。云々。
[#ここで字下げ終わり]
吾輩は呆れた。驚いた。昨日《きのう》、後家さんの話をした時に急に変った理髪屋《とこや》の親方の悪魔|面《づら》を思い出して飛び上った。まるで名探偵の吾輩の行動を一から十までチャント見ていたような名記事だ……と思い思いその新聞を持って編輯室に押しかけて行った。
安い弁当飯を頬張って山羊髯をモクモクと動かしているおやじ[#「おやじ」に傍点]の鼻の先へ新聞記事を差付けて指《ゆびさ》した。
「この記事は誰が書いたんですか」
「ムフムフ。わしが……書いたがナ……」
と云い云い山羊髯にクッ付いた飯粒を抓《つま》んで口の中へ入れた。序《ついで》に総入歯の下の段を鼻の先へ抓み出して白茶気《しらちゃけ》た舌の先でペロペロと嘗《な》めまわした。
不愉快なおやじ[#「おやじ」に傍点]だな……と思ったが、それどころではなかった。
「……冗談じゃない。コンナ馬鹿な事を犯人が喋舌《しゃべ》ったんですか」
「ムフムフ。第二の告白の方は昨日《きのう》の夕方箱崎の署長が当社へ礼云いに来た。お蔭で、永い間の不名誉を回復しましたチウテナ。法学士出のホヤホヤの署長じゃが、学生上りの無邪気な男でな。その序《ついで》に何も彼《か》も喋舌って行きよりましたよ」
「第三の告白の方も署長が喋舌ったんですか」
「イイヤ。それはわし[#「わし」に傍点]が署長に入れ智恵したことですわい。犯罪の定石ですからな。あの署長は無経験な正直者ですけにキットわし[#「わし」に傍点]が云うた通りに誘導訊問をしましょうて……」
「ヘエ……それじゃ、まだ実際に白状した訳じゃないんですね」
「……モウ今頃は白状しとりましょう。犯人もむろん後家さんと同棲する腹じゃないのじゃから、将来の考えが頭の中でチグハグになっとるに違いない。それじゃからどこかで返事をし損ねてキット誘導訊問に落ち込んで来ますてや。たとい犯人が否定し通しても箱崎署から文句を云うて来る気づかいはありません。君の手腕に恐れ入って感謝しとるのじゃから……実はこの朝刊の記事がすこし足りませんでしたからな。アンタのお株をチョット拝借したまでじゃ……ヒッヒッ……」
「驚いた。生馬《いきうま》
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