罪が、勿体なくも八幡宮のお膝下に住居《すまい》する仏惣兵衛の、正直の頭《こうべ》に宿ろう等《など》とは思われないが、しかし現場から感じた吾輩のインスピレーションの正体は、突飛《とっぴ》でも何でも、たしかにソレなんだから止むを得ない。つまるところ全くの初心者が偶然に演出した迷宮事件の傑作としか思えないのだから止むを得ない。
だから犯人はアトで自分の犯した罪の現場《げんじょう》の物凄さに仰天して狼狽して逃出したのではないか。だから犯人のアタリが全然付かないまま事件が迷宮に這入ってしまったのではないか。論より証拠……そう考えて来ると万事都合よく辻褄《つじつま》が合って来るではないか。あらゆる材料が必然的に絶対の迷宮に行詰って来るではないか。
……ナアンダイ……。
迷宮を破りに来て、迷宮を裏書きしていれあ世話はない。
……どうも驚いた。最初には目的無しの犯罪は無いと断定していた吾輩のアタマが、物の一時間と経たない中《うち》に今度は、正反対の断定を下している。そうした事実を物語る厳然たる事実を認めて面喰っている。……どうも驚いた……。
金箔《きんぱく》付の迷探偵が一人出来上った。八幡様の一銭がチット利き過ぎたかな。それとも名探偵のアタマが少々冴え過ぎたかな……と思い思い吾輩は縁日物の中折《なかおれ》を脱いで、東京以来のモジャモジャ頭を掻き廻わした。同時にムウッとする程の頭垢《ふけ》の大群が、天窓の光線に輝やきながら頭の周囲に渦巻いた。
いけないいけない。コンナに逆上《のぼ》せ上っては駄目だ。気を急《せ》かしては駄目だ。一つ頭髪《あたま》でも刈直《かりなお》して、サッパリとしてからモウ一度、ここへ来て考え直してみるかな。
吾輩は表の戸口をソッと開いて横町の通りへ出た。
すぐ隣家《となり》の、新しい理髪屋《とこや》の表の硝子《ガラス》障子を、ガラガラと開いた。
「いらっしゃいまし」
という女みたような優しい声が聞こえた。火鉢の横に腰をかけて、長羅宇《ながらう》の真鍮|煙管《きせる》で一服吸っていた、若い親方が、直ぐに立って来た。
吾輩は一瞬間ポカンとなった。トテモ福岡みたいな田舎に居そうにもない歌舞伎の女形《おやま》みたいな色男が、イキナリ吾輩の鼻の先にブラ下がったので……。
吾輩も色男ぶりに於ては、東京|初下《はつくだ》りの自信をすくなからず持っているつも
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