有名な掏摸《すり》が、福岡署の網に引っかかって捕えられた。同女は最近、その筋の手配が厳しいため、東海道線では仕事が出来なくなり、長崎|上海《シャンハイ》航路に眼を付けて九州線に入り、武雄温泉に入浴中、同宿の浴客の手廻りの中より、宝石密輸入用の麻雀《マージャン》(支那の賭博具)一箱を盗みて博多に来《きた》り、氏名不詳の青年と同伴して、巧みに追跡の刑事の眼を眩《くら》まし、博多ホテルに投宿し、夫の如く装わせたる同宿の青年に麻酔薬を飲ませ、ホテルの支払を済ませて後《のち》、今朝上り七時三十分の急行列車にて大阪に高飛びせむとするところを、張込の刑事に押えられたるものなるが、懐中には、「梅田駅」より「お玉拝」「福岡警察署御中」と認《したた》めたる当局を愚弄《ぐろう》せる手紙を所持しおりたる模様にて、その大胆不敵さには福岡署員も呆れおりたり。
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       四

 ここ迄読んで来た吾輩も呆れて了《しま》った。昨夜飲まされたカクテールの睡眠薬に引っかけられて二十時間近くも白河夜船《しらかわよふね》でいる間《ま》にチャント新聞記事にされて了《しま》っている。おまけにホテルの支払まで済まされて姓名不詳扱いにされていれあ世話はない。アラ行ッチャッターの辻占《つじうら》がチット当り過ぎた。
「畜生……どうするか見ろ」
 と独言《ひとりごと》を云いながら起き直ってみたがモウ間に合わない。
 その時にフト寝台の下を見ると、タッタ今新聞の間から落ちたらしい手紙が一通、脱ぎ揃えたスリッパの上に載っかっている。オデコを窓枠にぶっ付けながら拾い上げて見ると赤インキの走り書きで、
   羽 束 友 一 大兄
         霜川支配人委托
 と表に……裏面には読み難《にく》い蚯蚓体《みみずたい》の走書《はしりがき》で「津守老生」と署名してある。慌てて封を切ってみると、いよいよ読み難い赤インキのナグリ書きが古い号外の裏面に行列している。
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「冠省《かんしょう》、昨夜博多ホテル霜川支配人より、玄洋日報社に羽束と称する記者ありやと尋ねられしまま、失礼ながら小生保証|致置候《いたしおきそうろう》。序《ついで》に御同宿の婦人の事、同支配人より委《くわ》しく拝承、貴殿ならではそこまで引っぱり込み得ざる相手と存じ、本社の特種と致度《いたしたく》、警察と打合わせ手配
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