ら探し出して、それを見い見い記事を書いているうちに一時間ばかりして写真師が濡れた臭素紙《しゅうそし》を二枚持って来た。
 見ると驚いた。
 まだ生死不明の境に昏睡している筈の此村ヨリ子が、寝床の上に坐っている大ニコニコの愛嬌顔が堂々とあらわれている。吾輩はちょっと面喰ったが、モウ一枚の煙草店の写真の前に、古い写真の中に在る人力車の向う向きの奴を切抜いて貼り付けて、工合よく補筆した上で、俥《くるま》の背後に安島家の定紋三階菱を小さくハッキリと描いた。その写真をモウ一度複写した奴に、ヨリ子のニコニコ顔と、安島夫妻の写真を添えて、記事と一所に山羊髯に差出した。
 記事の内容は「自殺を企てた安島二郎氏の愛妾」「その自殺を知らずに本邸から迎えに来た、二郎夫人の自用車」「ソレとわかった安島子爵家の大狼狽」という意味で、見た通り、聞いた通りの事実を、普通の記事|体《てい》に一直線に書き流して、夫妻の感想談を麗々しく並べた興味百パアセントの夕刊記事であったが、その分厚い原稿を山羊髯は夕刊の二面にデカデカと載せた。
 多分臨時議会後で記事が足りなかったんだろう。
 するとコイツが恐ろしく利いたと見えて、その夕方、安島家から厳《いか》めしい顧問弁護士が、玄洋日報社へ乗込んで来て、社長と山羊髯に面会して記事の取消を厳命したという事で、その翌る日の朝刊の一面に「事実無根……安島家云々」の二号活字の取消広告と、社会記事の末尾に小さな取消記事が五行ばかり出た。
 吾輩は、それを見ると大いに不服で、早速山羊髯に抗議を申込んだが、山羊髯は平気で眼をショボショボさした。
「ヒッヒッ。安島家はのう。玄洋日報社の一番有力な後援者じゃけにのう。否《いや》とも云えんでのう……社長どんも弱っとったわい」
「そんならモウ一度、安島家に談判して下さい。玄洋日報社へ十万円寄附するか……どうだと云って……。イヤだと云えあ玄洋日報社員をピストルで撃った事実を公表するがドウダと云って下さい。グランド・ピアノが証人だ。失敬な……」
「まあまあ。そう腹を立てなさんな。あの取消広告はのう。誰も信じやしませんわい。……のみならず取消広告たるものは大きければ大きいだけ記事の内容を強く、裏書きする意味にもなるものじゃけにのう。ホッホッ……」
「それ位の事は知ってます。あいつは僕を社会主義だなんて吐《ぬ》かしやがったんです。おまけに犬
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