と思いません。お前がお母さんの事を忘れないように、私の心もお前の傍へいつまでもつきまとうております。どんなに蔭でわるい事をしていても、お母さんはちゃんと見ております。お前がわるい事をすればお母さんが笑われるからです。このことを忘れないで、どうぞよい子になってちょうだい。よいか、武雄さん、忘れてはなりませんよ……」
と云ううちに、みるみるお母さんの姿は消えて見えなくなりました。
「お母さん、待って頂戴。堪忍《かんにん》して頂戴。アレお母さん」
と叫んで飛びつこうとしますと、これは夢で、いつの間にか武雄さんは床の上でねむっておりました。
その時お倉の戸があいて、お父さんが、
「さあ武雄、御飯を食べろ。これから悪い事をするときかないぞ」
とおっしゃいました。
武雄はそののちこの事をだれにも言いませんでしたが、武雄の音なしくなったのには誰もかれも皆驚いてしまいました。
底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月19日公開
2006年2月21日修正
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