ろう。何とか云う雑誌記者と、いつもつながって歩いて居るって話だがね」
「ウン。その雑誌記者の名前を思い出してくれよ。雑誌は何だい」
「たしか淑女グラフだったと思うがね」
「そいつの名前は……」
「ウン。何とか云ったっけ……ウーン。山口じゃなし、大津じゃなし……と……エーット」
 津村記者は全身にジットリと汗を掻《か》き乍《なが》ら焦々《じりじり》と後退《あとじさ》りをし始めた。急角度に折れ曲った狭い鉄梯子から何度も何度も辷《すべ》り落ちそうになってヤット地面の上に足が付くと、今来た道を逆に通って表へ出た。……と思ううちに背後《うしろ》からパッと大光明が射して飛び上るようなサイレンを浴びせられた。大方第何版かを積んだトラックが出かける処であったろう……。
 しかし彼はモウ驚く力もなかった。星田が捕まった事さえも当然の事と思えるくらい麻痺《まひ》してしまった頭の片隅で、ただ無意味に「サイアク、オククウ」という言葉を考えながらヨロヨロとよろめき退いた。そうして横の暗がりに在る赤いポストの上に手をかけた。
 所が、そのポストに手をかけた瞬間であった。彼はハッとして手を引いた。そのポストの生冷た
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