のようにヘトヘトになっている彼自身の身体《からだ》と頭を、無理矢理に上へ上へと押し上げながら……
鉄梯子の上の写真製版室から真白い光明が、眼も眩《くら》むばかり射出されていた。その蔭になって彼が登って行くのが見えなかったのであろう。彼の頭がモウ二三歩で階段の上に出ようとした処へ、ちょうど編輯局の裏廊下に当る窓の処から、慌しい会話が聞えて来た。
「オイ。何処へ行くんだ!」
「アッ。君だったのか……君……村井は何処へ行ったか知らないかい」
「知らないよ。今日は来ない様だがね……何か事件かい」
「ウン。チットばかり凄いんだ。星田が引っぱられたんだ」
「星田……星田って何だい。議員かい」
「馬鹿。この間会ったじゃ無いか。村井と一緒に……」
「アッ。あの星田が……探偵小説の……ヘエッ。賭博《ばくち》でも打ったのかい」
「……そんな処じゃ無いんだ。殺《や》ったらしいんだ」
「アハハ。初めやがった。モウ担がれないよ」
「馬鹿……冗談じゃ無いぞ。警視庁に居る戸田からタッタ今電話がかかって来たんだ。各社とも騒いで居るんだが、何か一つ特種を市内版までに抜かなくちゃならないんだ」
「村井は居ないのかい」
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