此店へ立寄ったのだ。新聞記者である彼が……あんなにまで熱心な態度を見せていた彼が、事件を見かけてコンナに緩《ゆっく》り緩りした行動を執る筈はない。そんな傍道の仕事よりも、カンジンの犯人の追跡の方が、はるかにお得意の彼ではなかったか……
 津村はソンナようなモヤモヤした疑いの雲を、今までの疑いの上にモウ一つ包みかけながら何時の間にか往来を歩き出していた。老人の様に背中を曲げて、眼の前の空間を凝視して、彼の頭の中のように夕霧の立籠めた中からポカリポカリと光り出して来る自動車の燈火《あかり》やネオンサインに魘《おび》え魘えよろめいて行くうちに、余程長いこと歩いたのであろう。眼の前の半空に大きく「あづま日報社」と輝き現わした三色のネオンサインの交錯を仰いだ。そのうちに、
「ハハア。これは村井が出て居る新聞社だな。そんなら、俺は此処へ村井を探しに来たんだな……」
 という事実をやっと意識した彼は、いつも村井に会いに行く時の習慣を無意識の中《うち》に繰返しながら、トラックの出口から中庭へ這入って、編輯局の裏梯子《うらばしご》を登った。何処をどう歩いて、ドンナ事を考えて来たかわからないまま、熱病患者
前へ 次へ
全13ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング