云って聞かせたのであった。白地の看板を見上げながら……
「僕はヒョットしたら、是は村井さんのイタズラじゃ無いかと思うんですが……」
そう云って村井の行動の怪しい点を一つ一つに拾い出した時の自分の微苦笑じみた気持までもハッキリと思い出したのであった。
つつましやかな彼は、こうして自分の云った言葉や、他人から云いかけられた言葉をいつまでもいつまでも丹念に記憶している癖があった。だから彼はそれと一緒に、ツイ四日前あの珈琲店《カフェ》で、彼自身と星田と村井の三人が、女給の綾子を取巻いて交換した、印象の深い会話の数々までもアリアリと思い出したのであった。極めて自然ではあったが、三人の話題を恐ろしい犯罪の方向に引っぱり込んで「完全な犯罪は在り得ない」と主張する星田を、冷笑的な態度で反駁していた村井の言葉を……そうして最後に何の苦もなく哄笑しいしいサッサと別れて行った村井の態度を……
ところが、そんな潜在的な記憶に心を惹かれていたせいでもあったろうか。何の気もなく「村井君のイタズラかも知れない」と云った彼の言葉は果然、重大極まる事実となって彼の眼の前に立ち塞がってしまったではないか。そうして何
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