等の判断力も、自制力も持たなくなっている彼であった。……しかも、そんなにまで打ち拉がれた夢遊病者同様の人間が、時と場合によっては、どんなに恐ろしい事を仕出かすものか……超人的な頭脳と意志を持った人間に取って、ドレ位厄介極まる苦手として立ち現われて来るものか……という事は、流石《さすが》の「完全な犯罪の計画者」も予算して居なかったのではあるまいか。津村は人間最高の智力と、意力によって計画された「完全な犯罪」の機構《しかけ》の中からフラフラと洩れ出した無力な人形ではなかったろうか……何時、何処へ行って、ドンナ事を始めるかわからない……。
「アッ。此処だ」
と突然に叫んだ津村は、それでも五十銭玉を一個、運転手に渡すことを忘れなかった。そうして「医療器械」と大きく「岩代屋《いわしろや》――電日二〇二〇三」と小さく明朝体で書いた白地の看板を見上げたまま暫くの間突っ立っていた。
彼は此処まで来てヤット「此処まで来た理由」を思い出したのであった。
彼は今日の午後一時頃、此の医療器械屋を出て、怪しい男女の乗った自動車を東京駅まで跟けて行く途中で、星田に云った自分の言葉を今一度その通りに自分の耳に
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