顔なじみの部員に古い○○館出版の西鶴全集の下巻を出して貰って。それでも帽子を脱いで横に置きながら第六十九頁を開いた。サイカク……六九……サイカク、六九と口の中でくり返しながら……。
 ――本朝桜蔭比事。巻の四。第七章――「仕掛物は水になす桂川」
 昔、京都の町が静かで、人々が珍らしい話を聞き度がっている折柄であった。五月雨の濁水滔々たる桂川の上流から、新しい長持に錠を卸して、上に白い御幣《ごへい》を置いたものが流れて来た。そこで拾った人間が、御前へ差出して処分方を伺い上げたものであったが、開かせて御覧になると、中には古こけた髑髏《どくろ》が五個と、女の髪毛が散らばっていたので、皆、肝を消して震え上った。然《しか》るに、お上では格別に驚かれた様子も無いばかりか、あべこべに拾った人間をお叱りになって、「おのれ。無用の者を見付けて人を騒がせるヤクタイ者。これより直ぐに四条河原へ行って、今度、桂川を流れ下った長持の風説を、芝居に仕組んで興行することまかりならぬと、乞食役者どもへ固く申付けよ」と仰せられた。これは狂言の種に苦しんだ河原乞食どもの仕業と、すぐにお気付きになったからで……云々……(意
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