から一年の間にすっかりその一万円を使ってしまって、今年は乞食になっていたのです」
「そんなら、どうしてそんなお薬を手に入れたのですか」
 と思わず太郎さんは尋ねました。旅行商人《たびあきんど》は黙って次の一粒を飲み込みました。するとそれと一所に旅行商人《たびあきんど》は一人の立派な若い紳士の姿に変って、髪までも真黒になってしまいました。
 二粒目の丸薬で旅行商人《たびあきんど》から若紳士の姿にかわった乞食は、いよいよ驚いている太郎さんの顔を見て面白そうに笑いながら、又お話しを続けました。
「どうです、坊ちゃん、いよいよ驚いたでしょう。御覧なさい。私は十年前ではこの通りの姿でこの国第一のお医者様だったのです。
 私は音なしくしていれば、仕事は益々繁昌するばかりであったのに、思い切って贅沢《ぜいたく》をしたいばかりに、診《み》てもらいに来る病人の生命《いのち》の筋を一人に就いて一年分|宛《ずつ》切り取って、丁度一万年分集めてこの薬を作ったのです。この薬の作り方は誰も知っているものはありません。世界中にただ私ばかりです。この薬を作るためには丁度一万人の人が一年分|宛《ずつ》生命を縮めている筈
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