薬は一粒飲むと一年、二粒飲むと十年、三粒飲むと百年、四粒飲むと千年、五粒飲むと一万年生き延びるのです。もし今日あなたのお祖父様《じいさま》が御病気になられて、この薬を飲みたいと云われたらどうなさいます。そうしてこの薬がないためにお祖父様《じいさま》が亡くなられたらどうなさいます。あなたはお祖父様《じいさま》のお命を取ったも同然ではありませんか。そんな大切なお薬を雀の生命を取るために使うなぞと、まあ何という乱暴な坊ちゃんでしょう。私はあなたのような方にこの薬をお返し申す訳に参りません」
 太郎さんは悪かったと思って、忽《たちま》ちワッと泣き出しました。泣きながら乞食に、
「何卒《どうぞ》どんな事でもしますから、その丸薬を返して下さい」
 と頼みましたが、乞食は意地悪く頭を左右に振るばかりです。
「イエイエ、御返しする訳には参りません。この薬は私が飲んでしまいます」
 と云う中《うち》に、乞食はその一粒をペロリと飲み込んでしまいました……と思うと、今までの乞食の汚い姿は見る間に変って、一人の立派な旅行商人《たびあきんど》の姿になりました。
 たった一粒の丸薬で乞食から急に旅行商人《たびあき
前へ 次へ
全8ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング