底の暗黒にスッカリ慣れ切って、自分の生れ故郷みたような懐かし味をさえ感じていたばかりでなく、生れ付き頭が悪いせいか、かなり危険な目に会っても無神経と同様で、滅多に感傷的な気持になった事はないのであった。
ところが去年の暮近くになって女房というものを持ってからというものは、何となく身体《からだ》の工合が変テコになって、シンが弱ったように思われて来るに連れて、色んな詰《つま》らない事が気にかかり始めたのを、頭の悪いなりにウスウス意識していた。ことにこの時は一|番方《ばんかた》から二番方まで、十八時間ブッ通しの仕事を押付けられて、特別に疲れていたせいであったろう。頭が妙に冴えて来て、何ともいえない気味の悪さが、上下左右の闇の中から自分に迫って来るように思われて仕様がなくなったのであった。
……俺も遠からず、あんげなタヨリない声で呼ばれる事になりはせんか……。
……ツイ今しがた仕繰夫《しくり》(坑内の大工)の源次を載せて、眼の前の斜坑口《しゃこうぐち》を上って行った六時の交代前の炭車《トロッコ》が索条《ロープ》でも断《き》れて逆行《ひっかえ》して来はせんか……。
……それとも頭の上の硬
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