た。そうして虫の這うよりもモット、ユックリと……殆んど止まっているか、動いているかわからない位の速度で、唇の下の方へ匍《は》い降りて行く。そうして唇の下縁《したふち》の深い、痛々しい陰影の前まで来ると、そこでちょっと停滞して、次第次第にまん円《まる》い水滴の形にふくれ上って行くと同時に、仄暗《ほのぐら》い安全燈《ラムプ》の光りを白々と、小さく、鋭く反射し初める。そうして完全なマン円い水滴の形になると、さながら、空中に浮いた満月のように、ゆるやかに廻転しながら、垂直の空間をしずかに、しずかに、下へ下へと降り初める。その速度が次第に早くなって、やがて坑道の左右に掘った浅い溝の陰影の中に、一際《ひときわ》強い七色《スペクトル》光を放ちながら、依然として満月のように廻転しつつ、ゆっくりゆっくりと沈み込んで行く……と思うとそのあとから追っかけるように、またも一粒の真黒い、マン円い水滴が岩の唇を離れて、しずかに輝やきながら空間に懸かっている。
 ……そのモノスゴサ……気味わるさ……。
 福太郎の両眼は、いつの間にか真白になるほど剥《む》き出されていた。その唇はダラリと垂れ開いて、その奥にグルリと捲
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