も最前から何くれとなく世話を焼いていた仕繰夫《しくり》の源次が、特別に執拗《しつこ》く盃を差し付けたので、元来がイケナイ性質《たち》の福太郎は逃げるのに困ってしまった。
「おらあ酒は飲み切らん飲み切らん」
の一点張りで押し除《の》けても、
「今日ばっかりは別ですばい」
と源次が妙に改まってナカナカ後に退《ひ》きそうにない。そこへお作が横合いから割込んで、
「福さんはなあ。親譲りの癖でなあ。酒が這入ると気が荒うなるけん、一口も飲む事はならんチウテ遺言されて御座るげなけになあ。どうぞ源次さん悪う思わんでなあ」
と散々にあやまったのでヤット源次だけは盃を引いたが、他の者は、その源次へ面当《つらあて》か何ぞのように、無理やりにお作を押し除《の》けてしまった。
「いかんいかん。源公が承知しても俺が承知せん。酒を飲んで気の違う人間は福太郎ばっかりじゃなかろう。親代りの俺が付いとるけに心配すんな」
とか何とか喚《わめ》き立てながら、口を割るようにして、日陽《ひなた》臭いなおし[#「なおし」に傍点]酒を含ませたので、福太郎は見る見る顔が破裂しそうになるくらい真赤になってしまった。平生《ふだん》
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