頭を白い布片《きれ》で巻いた、浴衣一貫の福太郎がボンヤリと坐っていたが、スッカリ気抜けしたような恰好で、何を尋ねられても返事が出来ないままヒョコヒョコと頭を下げているばかりであった。
 福太郎は実際のところ、自分がどうして死に損なったのか判らなかった。頭の頂上《てっぺん》にチクチク痛んでいる小さな打ち破《わ》り疵《きず》が、いつ、どこで、どうして出来たのかイクラ考えても思い出し得ないのであった。
 集って来た連中の話によると、福太郎は千五百尺の斜坑を、一直線に逆行して来た四台の炭車《トロッコ》が折重なって脱線をした上から、巨大《おおき》な硬炭《ボタ》が落ちかかって作った僅かな隙間に挟み込まれたもので、顔中を血だらけにして、両眼をカッと見開いたまま、硬炭《ボタ》の平面の下に坐っていたそうである。しかもそれが丁度六時の交代前の出来事だったので、山中を震撼《ゆるが》す大音響を聞くと同時に、三十間ばかり離れた人道の方から入坑《はい》りかけていた二番方の坑夫たちが、スワ大変とばかり何十人となく駈付けて来た。それに後《あと》から寄り集まった大勢の野次馬が加わって、油売り半分の面白半分といった調子で
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