た。だからこの炭坑《やま》に這入《はい》るのは、それこそホントウの生命《いのち》がけでなければならなかったのであるが、併《しか》しそうした事実を知っているのは極く少数の幹部以外には、その相談を偸《ぬす》み聞いた仕繰夫《しくり》の源次だけであった。ところがそうした秘密がいつの間にか源次の口からコッソリとお作の耳に洩れ込んでいたのを、福太郎が又コッソリとお作から寝物語に聞かされていたので、
「インマの中《うち》に他の炭坑へ住み換えようか。それとも町へ出てウドン屋でも始めようじゃないか」
とその時にお作が云ったのに対して、シンカラ首肯《うなず》いて見《みせ》た事を、福太郎は今一度ハッキリと思い出させられた。そうして今日限り二度とコンナ危険な処へは這入れない……といったような突詰めた気持に囚われながらオズオズと前後左右を見まわしたのであった。
「書写部屋《ささべや》(事務所)ぞオオ……イイイヨオオ……イイヨ……オオイイイ……」
という呼び声がツイ鼻の先の声のように……と……又も遠い遠い冥途《あのよ》からの声のように、福太郎の耳朶《みみたぼ》に這い寄って来た。
その声に追い立てられるように
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