ックリユックリした足取りで坑口まで運び出して来るのであるが、その途中で、曲り角や要所要所の前を通過すると、そのたんびに側に付いている連中の中の一人が、出来るだけ高い声で、ハッキリとその場所の名前を呼んで、死人に云い聞かせてゆく。そうして長い時間をかけて坑口まで運び出すと、医局に持ち込んで検屍を受けてから、初めて僧侶や、身よりの者の手に引渡すのであった。
 炭坑《マブ》の中で死んだ者はそこに魂を残すものである。いつまでもそこに仕事をしかけたまま倒れているつもりで、自分の身体《からだ》が外に運び出された事を知らないでいる。だから他の者がその仕事場《キリハ》に作業《しごと》をしに行くと、その魂が腹を立てて邪魔《ワザ》をする事がある。通り風や、青い火や、幽霊になって現われて、鶴嘴《つるはし》の尖端《さき》を掴んだり、安全燈《ラムプ》を消したり、爆発《ハッパ》を不発《ボヤ》にしたりする。モット非道《ひど》い時には硬炭《ボタ》を落して殺すことさえあるので、そんな事の無いように運び出されて行く道筋を、死骸によっく云い聞かせて、後《あと》に思いを残させないようにする……というのがこうした習慣の起原《お
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