を一パイに見開いて、唇をアーンと開いたまま、落盤に蓋をされた炭車《トロッコ》の空隙に、消えもやらぬ安全燈《ラムプ》の光りに照し出されている、自分自身を発見したのであった。同時に、その今までになく明るく見える安全燈《ラムプ》の光明《ひかり》越しに、自分の左右の肩の上から、睫《まつげ》を伝って這い降りてくる、深紅の血の紐《ひも》をウットリと透かして見たのであったが、それが福太郎の眼には何ともいえない美しい、ありがたい気持のものに見えた。しかもその真紅の紐が、無数のゴミを含んでブルブルと震えながら固まりかけているところを見ると、福太郎が気絶したと思った一瞬間は、その実かなり長い時間であったに相違ないが、それでもまだ救いの手は炭車《トロッコ》の周囲《まわり》に近付いていなかったらしく、そこいら中が森閑《しんかん》として息の通わない死の世界のように見えていた。そうしてその中に封じ籠められている福太郎は、自分自身がさながらに生きた彫刻か木乃伊《ミイラ》にでもなったような気持で、何等の感情も神経も動かし得ないまま、いつまでもいつまでも眼を瞠《みは》り、顎を固《こわ》ばらせているばかりであった。
ところがそうした福太郎の眼の前の、死んだような空間が、次第に黄色く明るくなったり、又青白く、薄暗くなったりしつつ、無限の時空をヒッソリと押し流して行ったと思う頃、一方の車輪を空に浮かした右手の炭車《トロッコ》の下から、何やら黒い陰影が二つばかりモゾリモゾリと動き出して来るのが見えた。そうしてそれがやがて蟹《かに》のように醜い、シャチコ張った人間の両手に見えて来ると、その次にはその両手の間から塵埃《ごみ》だらけになった五分刈の頭が、黒い太陽のように静かにゆるぎ現われて来るのであった。
その両手と頭は、炭車《トロッコ》の下で静かに左右に移動しながら、一生懸命に藻掻《もが》いているようであった。そうしてようようの事で青い筋の這入った軍隊のシャツの袖口と※[#「┐」を全角大とした、屋号を示す記号、331−6]《カネ》サの印を入れた半纏《はんてん》の背中が半分ばかり現われると、そのままソロソロと伸び上るようにして反《そ》り返りながら、半分土に埋もれた福太郎の鼻の先に顔をさし付けたのであった。
それは源次の引攣《ひきつ》り歪んだ顔であった。汗と土にまみれた……。
福太郎はしかし身動きは愚か、眼
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