こり》だそうで、年が年中暗黒の底に埋れている坑夫達にとっては、いかにも道理至極であり、涙ぐましい儀式のように考えられているのであった。
 今運び出されているのは旧坑口に近い保存炭柱《はしら》の仕事場《キリハ》に掛っていた勇夫《いさお》という、若い坑夫の死骸であった。むろん福太郎の配下《うけもち》ではなかったが、目端《めはし》の利くシッカリ者だったのに、思いがけなく落盤に打たれてズタズタに粉砕されたという話を、福太郎はタッタ今、通り縋《すが》りの坑夫から聞かされていた。又、呼んでいる声は吉三郎《きちさぶろう》という年輩の坑夫であったが、この男は嘗《かつ》て一度、この山で大爆発があった際に、坑底で吹き飛ばされて死んだつもりでいたのが、間もなく息を吹き返してみると、いつの間にか太陽のカンカン照っている草原に運び出されて、医者の介抱を受けている事がわかったので、ビックリしてモウ一度気絶したことがあった。だからそれ以来、一層深くこの迷信に囚《とら》われたものらしく、死人があるたんびに駈け付けると、仕事をそっち除《の》けにして、こうした呼び役を引き受けたので、仲間からはアノヨの吉[#「アノヨの吉」に傍点]と呼ばれているのであった。
 吉三郎の声は普通よりもズッと甲高くて、女のように透きとおっていたのみならず、ズタズタになった死体の耳に口を寄せて、シンカラ死人の魂に呼びかけるべく一生懸命の声を絞っているので、そこいらの坊さんの声なぞよりもはるかに徹底した……無限の暗黒を含む大地の底を、冥途《あのよ》の奥の奥までも泌み透して行くような、何ともいえない物悲しい反響を起しつつ、遠くなったり近くなったりして震えて来るのであった。
「……ここはアアア……ポンプ座ぞオオオ……イヨオオオ……イイイ……イイイイ……イイ……」
 その声に聞き入っていた福太郎は、やがて何かしらゾ――ッと身ぶるいをしてそこいらを見まわした。吉三郎のすき透った遠い遠い呼び声を聞くにつれて、前後左右の暗黒の中に凝然《じっ》としている者の一切合財が、一つ一つに自分の生命《いのち》を呪い縮めよう呪い縮めようとして押しかかって来るような気はいが感じられて来たので……。
 福太郎は元来こんなに神経過敏な男ではなかった。工業学校を出てから凡《およ》そ三年の間、この炭坑で正直一途に小頭《こがしら》の仕事を勤めて来たお蔭で、今では地の
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