頭を白い布片《きれ》で巻いた、浴衣一貫の福太郎がボンヤリと坐っていたが、スッカリ気抜けしたような恰好で、何を尋ねられても返事が出来ないままヒョコヒョコと頭を下げているばかりであった。
福太郎は実際のところ、自分がどうして死に損なったのか判らなかった。頭の頂上《てっぺん》にチクチク痛んでいる小さな打ち破《わ》り疵《きず》が、いつ、どこで、どうして出来たのかイクラ考えても思い出し得ないのであった。
集って来た連中の話によると、福太郎は千五百尺の斜坑を、一直線に逆行して来た四台の炭車《トロッコ》が折重なって脱線をした上から、巨大《おおき》な硬炭《ボタ》が落ちかかって作った僅かな隙間に挟み込まれたもので、顔中を血だらけにして、両眼をカッと見開いたまま、硬炭《ボタ》の平面の下に坐っていたそうである。しかもそれが丁度六時の交代前の出来事だったので、山中を震撼《ゆるが》す大音響を聞くと同時に、三十間ばかり離れた人道の方から入坑《はい》りかけていた二番方の坑夫たちが、スワ大変とばかり何十人となく駈付けて来た。それに後《あと》から寄り集まった大勢の野次馬が加わって、油売り半分の面白半分といった調子で、ワイワイ騒ぎ立てたので、狭い坑道の中が芋を洗うようにゴッタ返したが、その中《うち》に、浮上った炭車《トロッコ》の車輪の下から、思いがけない安全燈《ラムプ》の光りと一緒に、古靴を穿いた福太郎の片足が発見されたのでイヨイヨ大騒ぎになったものだという。それからヤット駈付けた仕繰夫《しくり》の源次が先に立って硬炭《ボタ》や炭車《トロッコ》の代りに坑木の支柱を入れながら、総掛りで福太郎を掘出してみると、まだ息があるというのでそのまま、程近い福太郎の納屋に担ぎ込んで、ラムプを点《とも》して応急手当をしているうちに、幸運にも福太郎は頭の上に小さな裂傷《きず》を受けただけで、間もなく正気を回復した。そうして取巻いている人々の顔を吃驚《びっくり》した眼で見まわすと、ムックリと起上って、眼の前に坐っている仕繰夫《しくり》の源次に、
「ここはどこじゃろか」
と尋ねたのであった。
皆《みんな》はこれを見て思わず「ワーッ」と声を上げた。表口に折重なって、福太郎の容態《ようす》を心配していた連中も、その声を聞いてホーッと安心の溜息をしたのであったが、その中《うち》の二三人が早くもゲラゲラ笑い出しながら、
「
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