《まっくら》になっていた。
 アトを見送った三人の警官[#底本では「警察」と誤記]は、顔を見合せてドッと笑い崩れた。

 万平は親方に見付からないように、勝手口からソーッと這入って行くと、トタンに奥の方から大きな怒鳴り声が聞えた。
「どこへ行ってやがったんだ。間抜めえ」
 万平は上框《あがりかまち》へヘタヘタと両手を支《つ》いた。奥から一パイ飲んだらしい中禿《ちゅうはげ》の親方が、真赤な顔をして出て来た。青い筋が額にモリモリと浮上っていた。
「……芝居狂《しべいきちげ》えも大概《てえげい》にしろ馬鹿野郎……タタキ出すぞ……」
「まあ、お前さん、そう口汚なく云わなくったって……」
 と横から綺麗にお化粧したお神さんが止めた。お神さんはいつでも万平|贔負《びいき》であった。芝居のお供といったらいつも万平で、万平のお蔭でお神さんは一廉《ひとかど》の芝居通になっていたのであった。
「黙ってスッ込んでいろ畜生。何が面白いんだアンナものが。芝居《しべい》や活動なんテナみんな作りごとばかりじゃねえか。ええ、おい。あんな物あ女の見るもんだ。男なら角力かベースボールでも見やアがれ。芝居《しべい》なんて物
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