「……ハイ。何の御用ですか」
「ええ。その……何で御座います。その……今……お帰りになりましたのは……その……エヘヘ……こちらのお嬢様で……」
「……………」
 禿頭の丸柿|親仁《おやじ》は返事をしなかった。汗を掻いてペコペコしている万平の姿を見上げ見下した。いよいよ苦々しい顔になってギョロギョロと眼を光らし初めた。噛んで吐き出すように、ハッキリと云った。
「左様《さよう》です。私の娘です。何か御用ですか」
 万平はホッと胸を撫で下した。ヤタラに汗を拭いた。
「……ああ、助かった。やっと安心した」
 丸柿親爺の顔が、禿頭《はげあたま》の下で二三寸伸びた。万平の顔を穴のあく程見詰めた。
 万平も負けずに顔の寸法を伸ばした。やはり穴の開く程、相手の顔を見返していたが、突然、その顔を近付けると、眼を丸くして声を落した。
「……タ……大将……大変ですぜ。お嬢さんはね。どっかの色男と……今夜、駈落《かけおち》の相談を……」
 万平の眼から火花が飛んだ。頭がクラクラとなった。頬を打たれて突飛ばされたのだ。万平は泥濘《ぬかるみ》の中に尻餅《しりもち》を突いたまま、相手の顔を茫然と見上げていた。
 
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