の腰付でソオッと左右を見まわした。
 往来は日が暮れかかっていた。はるか向うの飯田町の機関庫の裏道を、今の桃割の娘が急いで行く。
 万平は大急ぎでアトを追《おっ》かけた。近くなると見え隠れに随《つ》いて行った。

 娘はガードを潜って、水道橋を渡って、築地八幡の近くの只有《とあ》る横露路を這入《はい》った。万平も続いて曲り込んだ。
 桃割娘のクニちゃんは、横露路の突当りに在る、暗い小格子を開けて中に這入った。小格子の前には「質屋」と書いた古ぼけた看板と、丸柿《まるがき》庄六と書いた新しい標札が掛かっていた。
 万平はその前に突立って、どうしていいかわからないらしく、腕を組んだままキョロキョロしていた。
 小格子の中から禿頭《はげあたま》の親爺《おやじ》が出て来た。見るからに丸柿庄六と名乗りそうな面構《つらがま》えで、手に草箒《くさぼうき》を一本|提《さ》げていたが、万平を見ると胡乱《うろん》臭そうにジロリと睨んで立止まって、ガッチリとした渋柿面《しぶがきづら》をして見せた。
 万平は狼狽して頬冠を取った。ペコペコとお辞儀をした。
「……あの……ちょっと……お伺い申しますが……あの……」
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