が寝るのが十一時頃だから、それから盗み出して着物を着かえて来ると、十二時が過ぎるかも知れないわ」
「終列車は一時十分だから……」
「そんなら大丈夫よ。二千円ぐらい有ってよ。明日《あした》銀行へ入れるのが……ホホ……足りないか知ら……」
「ハハハ。余る位だ。朝鮮に行けばね……」
「キットここで待っててね」
「……クニちゃん……」
「……竜太さんッ……」
万平はビックリして又覗いた。
「……………」
「……………」
娘はお尻の鋸屑を払い払い名残《なごり》惜しそうに立上った。イソイソと小走りに材木の間を出て行った。
あとを見送った中折帽の男は、舌なめずりをしながらそこらを見まわした。白い歯を出してニンガリと笑ったが、それは如何にも色魔らしい物凄い笑顔であった。そのまま、細いステッキを振り振り俎橋《まないたばし》の方へ抜けて行った。
万平は材木の隙間から飛退《とびの》いた。その隙間をジイッと睨んで腕を組んだ。芝居の事も何も忘れたらしく真青になって考え込んでいたが、そのまま鉢巻を解いて眉深《まぶか》く頬冠《ほおかむり》をした。材木の間を右に左に抜けて飯田町の裏通りへ出た。すこし芝居がかり
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