気が付いたからであった、担《かつ》いでいた杉皮の束を、鋸屑《おがくず》の山盛りの上に置くと、ハテナという思い入れ宜しくあって抜足さし足も半分、芝居がかりに壁のように並んだ松板の蔭に近寄った。その隙間《すきま》からソッと向うの竹束の間の空地を覗いたが、忽ち眼を丸くして舌をダラリと垂らした。
 竹束の前の大きな欅《けやき》の角材に腰をかけたインバネスに中折帽の苦み走った若い男が、青ざめた澄ました顔をして金口煙草《きんくち》[#ルビは「金口煙草」にかかる]に火を点《つ》けている。その横に下町風の大|桃割《ももわれ》に結った娘が、用足しに出た途中であろう。前垂《まえだれ》をかけたまま腰をかけて、世にも悩ましく、媚《なま》めかしく、燃え立つような頬と眼を輝かせながら、男に凭《もた》れかかっている。
 二人は同時に素早く前後左右を見まわした。万平が材木の間から耳を尖《と》んがらして聞いているとも知らずに、頬をスリ寄せて何かヒソヒソと話し初めた。
「……それじゃクニちゃん……今夜、飯田町から……」
「ええ……終列車がいいわ……」
「ここで待っているよ」
「ええ。すこし遅くなるかも知れないわ。お父さん
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