かも女形《おんながた》を以《もっ》て自任しているのが、玉に疵《きず》と云おうか、疵に玉とでも云うのか。皆から冷かされるのを真《ま》に受けてイヨイヨ芝居熱を上げるという超特級の難物である。きょうも仕事がないままに、材木置場を片付けながら、そこいらの安芝居の科白《せりふ》を一生懸命に復習しているのだ。
震災前の飯田町駅附近は一面の材木置場になっていた。杉丸太、竹束、樅板《もみいた》なぞが、次から次へ涯《は》てしなく並んで、八幡《やはた》の籔《やぶ》みたように、一旦、迷い込んだら出口がナカナカわからない。その立並んだ樅板が万平には書割《かきわり》に見えたり、カンカン秋日の照る青空が花四天に見えたりするのであろう。二三|町《ちょう》四方人気のないのを幸いに、杉板の束を運び集めながら、新派旧派の嫌いなく科白《せりふ》の継ぎ剥ぎを復習《おさらい》し続けて行く。
「我が日の本の魂が、凝《こ》り固まったる三尺の秋水《しゅうすい》。天下|法度《はっと》の切支丹《きりしたん》の邪法、いで真二《まっぷた》つに……」
万平はフッと科白《せりふ》を中止した。スグ向うに並んだ松板の間からチラリと見えた赤い物に
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