それでも追詰められてタッタ一突きにされそうなので、背後《うしろ》の松板の間にスルリ辷《すべ》り込み様に、そこいらの杉丸太、竹束、松板の束をメチャクチャに倒しかけた。男は逃げ損ねて杉丸太の下になって起上ろうと藻掻《もが》く上から、止め度もなく材木が落ちかかって来た。それを一生懸命に跳ね除《よ》け跳ね除け逃げようとするところを万平が躍りかかって組伏せた。
 男は短刀を棄てて向って来た。柔道が出来るらしくナカナカ強かった。上になり下になり揉み合っている中《うち》に万平の仮髪《かつら》も手拭も皆飛んでしまった。万平は破鐘声《われがねごえ》の悲鳴を揚げた。
「……ヒ……人殺しいイ……」
 男は短刀を拾おうとした。万平は拾わせまいとして又|揉合《もみあ》った。
「……泥棒ッ。誰か来てくれッ。人殺しッ」
 男は万平を腰車で投飛ばして逃げて行こうとした。その帯に手をかけて万平は武者振り付いた。又上になり下になった。
 山金《やまきん》の若い者が大勢、飛出して来て二人を取巻いた。若い男と、奇妙な姿の人間が組み合っているのを見て、皆呆れて突立っていた。万平は叫んだ。
「俺が万平だ……」
 やっとわかった二
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