ててその姿を見送っている。
 鳥打帽の男は前後左右を忙しく見まわした。インバネスの蔭の右手でソッと短刀を抜きながら、左手を万平の肩にかけて抱き寄せるようにした。
「お金は……」
 万平は左袖に抱えていたタイルの褌包みを差出した。
 鳥打帽の男は左手で受取りかけたが、中味が固くて重たいのに気が付いたらしくハッとして手を引いた。彼《か》の時遅く、この時早く、万平は鳥打の横面《よこつら》を平手で二つ三つ千切《ちぎ》[#底本ではルビを「ちぎれ」と誤記]れる程|殴《は》り飛ばした。男の鳥打帽がフッ飛んで闇の中に消えた。
「パア――ン……ピシャーン」
 その音は万平の手の掌《ひら》と同じくらいに大きかった。
 男は飛び退《の》いて短刀を振り上げた。
「アレエエエ――ッ……」
 質屋の娘が仰天して材木の蔭から飛出した。鋸屑《おがくず》だらけの道を転《こ》けつまろびつ逃げて行った。
 万平はタイルの褌包みで男の短刀と渡り合った。男は切尖《きっさき》鋭く万平を松板の間に追詰めながら、隙《すき》があったら逃げよう逃げようとしたので、万平は足元の鋸屑《おがくず》を掴んでは投げ掴んでは投げ防ぎ戦った。しかし、
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