られに行ったんだよ。妾《わたし》がアンマリ止めるもんだから、出て行くキッカケがなかったんだよ。呆れっちまうよホントに……将棋なんて何が面白いんだろうね。取られてばかりいて……芝居ならまだしもだけど……ねえ。万ちゃん……」
万平はお膳の上にポロポロ涙を落しながら点頭《うなず》いた。そのままガツガツと茶漬飯を掻込んだ。
「ヨー色男」
飯を喰った万平が、表二階の若衆部屋へ上って行くと、皆どこかへ遊びに行ってガランとした部屋の隅に、早くも床を取って寝ていた朋輩の粂吉《くめきち》が、頭を持ち上げてソウ云った。最前からの経緯《いきさつ》を聞いていたらしい。小声で云った。
「お神さん惚れてるぜお前に……」
万平は返事をしなかった。そのまま自分も蒲団を敷いてモグリ込んだ。
……手前《てめえ》等に俺の気持が、わかるか……。
といったような気持で、夜の更けるのを待った。
万平は実際、真剣であった。眠るどころの沙汰ではなかった。別段、惚れているという訳ではないけれども、あの可愛い桃割髪《ももわれ》の娘が弐千円のお金と一所に、あの凄者《すごもの》らしい青年に見す見す引っ泄《さら》われて行くのを、
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