と云ううちにお神さんが万公の前へ剥げチョロケたお膳とお櫃《ひつ》を押し遣った。
万公は上り框《かまち》に両手を突いたままメソメソ泣出していた。それはお神さんの親切に対する有難涙でもなければ、親方に叱られた口惜し涙でもなかった。
……この世の中には芝居以上に真剣な、危なっかしい事がイクラでもあります。私はそのために今まで闘って来たのです。私の今の気持は芝居どころじゃないのです……。
と云いたくてたまらないのに、どうしてもそれが口に出して云えない、情なさからの涙であった。
「まあ。万ちゃん。泣いてるじゃないの。可哀そうに……御覧よ。お前さんがアンマリ叱るから万ちゃん泣いてるじゃないの。咽喉《のど》をビクビクさして……さあさあ、もういいから御飯お上り。ね。ね」
「テヘッ。呆れて物が云えねえ。咽喉のビクビクが可哀相なら、引っくり返《けえ》った鮟鱇《あんこう》なんか見ちゃいられねえや。勝手にしやがれだ。ケッ……」
親方はそのまま、勝手口から下駄を突っかけてプイッと出て行ってしまった。あとを見送ったお神さんがプーッと膨れ返った。
「あんな事を云って出て行ったよ。又、一軒隣へヘボ将棋で取
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