露西亜《ロシア》人には無論のこと、チェックにも、猶太《ユダヤ》人にも、支那人にも、米国人にも……けれども一人として信じてくれるものがいないのです。そればかりか、私が、あまり熱心になって、相手構わずにこの話をして聞かせるために、だんだんと評判が高くなって来ました。しまいには戦争が生んだ一種の精神病患者と認められて、白軍《はくぐん》の隊から逐《お》い出されてしまったのです。
 そこでいよいよ私は、この浦塩《うらじお》の名物男となってしまいました。この話をしようとすると、みんなゲラゲラ笑って逃げて行くのです。稀《たま》に聞いてくれる者があっても、人を馬鹿にするなと云って憤《おこ》り出したり……ニヤニヤ冷笑しながら手を振って立ち去ったり……胸が悪くなったと云って、私の足下に唾を吐いて行ったり……それが私にとって死ぬ程悲しいのです。淋《さび》しくて情なくて堪らないのです。
 ですから誰でもいい……この広い世界中にタッタ一人でいいから、現在私を支配している世にも不可思議な「死後の恋」の話を肯定して下さるお方があったら、……そうして、私の運命を決定して下さるお方があったら、その方に私の全財産である「死後の恋」の遺品《かたみ》をソックリそのままお譲りして、自分はお酒を飲んで飲んで飲み死にしようと決心したのです。そうして、やっとのこと貴下《あなた》を発見《みつ》けたのです。あなたこそ、「死後の恋」に絡まる私の運命を、決定して下さるお方に違いないと信じたのです。
 ヤ……お料理が来ました。あなたの御健康と幸福を祝さして下さい。日本の紳士にこのお話をするのは、貴下が最初なのですからネ……そうして恐らく最後と思いますから……。

       二

 ところで一体、あなたはこの私を何歳ぐらいの人間とお思いになりますか、エ? わからない?……ハハハハ。これでもまだ二十四なのですよ。名前はワーシカ・コルニコフと申します。さよう、コルニコフというのが本名です……モスコーの大学に這入《はい》って、心理学を専攻して、やっと一昨年出て来たばかりの小僧ッ子ですがね。四十位には見えますでしょう。髪毛《かみのけ》や髯《ひげ》に白髪《しらが》が交っていますからね。ハハハハハ。しかし私は、今から三ヶ月前迄は間違いなく二十代に見えたのです。白髪などは一本も無くて、今とは正反対のムクムク肥った黒い顔に、白軍の兵卒の
前へ 次へ
全21ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング