め驚いたが、間もなくその妙音に魅せられてしまった。
哲也は武丸の持つ尺八を見ると青くなって座敷を辷《すべ》り出してどこへか急いで行った。
「罌子の花」を吹き終った武丸は尺八を霊前に捧げ、音絵の枕元に進み寄り、死に顔を見て黙祷し涙に掻き暮れた。
狂人の表情になった養策が奥から出て来た。突立ったままこの光景《ありさま》を見下した。
武丸は養策を見ると手を合せてひれ伏した。そのまま血を吐いて死んだ。
哲也は戸塚警部を同伴して来た。
戸塚警部は頭に繃帯をした武丸を見るとツカツカと近寄って引き起したが、忌々《いまいま》しそうに突き転《ころ》ばした。
養策が高らかに笑い出した。
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なまけものの恋
―― 1 ――
作良徳市《さくらとくいち》は夢を見ていた。
……富豪の両親が一人子《ひとりっこ》の彼をこの上なく愛し育てているところ……
……彼が貰い立ての高等商業の卒業免状を家中《うちじゅう》に見せまわって祝福を受けているところ……
……震災で両親を喪《うしな》うと同時に莫大な遺産を受け継いで喜びと悲しみとに面喰っているところ……
……彼が
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