も》り」を吹いた。
 歌寿は病の床から起き上って戸を開いた。
 武丸は転がるように中に這入ってあとを閉し「お母さん」と縋《すが》り付いた。
 歌寿は泣き且つ怒った。「勘当をされても手癖がなおらぬ上に大恩ある家のお嬢様を盗むは何事だ」と責めた。
「どうしてそれを御存じ!」と武丸は驚いた。
「知らいでなるものか。お嬢様をかえせ」と歌寿は責めた。
 武丸はひれ伏して泣きに泣いた。
 そこへ大勢の警官が踏み込んだ。
 武丸は巧みに逃れた。
 歌寿は失神したまま息を引き取った。

     ―― 19[#「19」は縦中横] ――

 糸川家に音絵の屍体が到着した。
 養策はその屍体を見ると泣き倒おれて、奥の一室に連れ込まれた。人々は慰めかねた。
 僧侶が来て読経したあと悲しい通夜が行われた。哲也も音絵の相弟子として列席した。
 夜更けて幌《ほろ》を深く下《たら》した人力車が玄関に着いた。中から羽織袴の竹林武丸が威儀正しく現われて、案内なしに座敷に通り一同に会釈《えしゃく》して霊前に近付き、礼拝を遂げて香を焚き、懐中から名器「玉山」を取り出して「罌子《けし》の花」を吹奏し初めた。
 通夜の人々は初
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