の」と云った。
戸塚警部はうなずいた。「それではそのお嬢様に秘密の愛人がある事を聴かなかったか」ときいた。
歌寿は屹《きっ》となった。「隠し男を持つようなお嬢様ではありません」と云った。
戸塚警部は首をひねって去った。
その立ち去る足音を聞き澄ました歌寿は裏表の戸締りを厳重にして、寝床の下から札の束の包みを出し火鉢に入れて焼き初めた。涙が止め度なく流れた。
歌寿の弟子で養策の治療を受けている一人の男が、音絵の失踪を知らせに来たが、表戸が閉まって中から煙が洩れて来るのでいよいよ驚いて表戸をたたき離して飛び込んで来た。
見ると火鉢の中で札の束が燻《くすぶ》っているので仰天して、抓《つま》み出そうとして焼けどをした。
歌寿は烈しく咽《むせ》び入った。
―― 17[#「17」は縦中横] ――
温泉宿鶴屋を出た自動車の運転手は帰る途中で泥酔して人を轢《ひ》いた。警察に引っぱられて調べられると一切を白状して武丸からことづかった電報を見せた。
戸塚警部とその部下を載せた自動車が間もなく警察の門を出た。雪を衝《つ》いて暁の野をヒタ走りに鶴屋の門前に乗り付けた。武丸と音絵
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