で売りたいのですけど……
あいにく今は安いので……
徳市は三万と聞いて眼を丸くした。そうして妙に鬱《ふさ》いでしまった。
智恵子は気軽に笑いながら云った。
あなたの叔父様に……
買って頂けませんかしら……
あなたなら尚更ですけど……
徳市は絶望的に頭を左右に振った。一層鬱ぎ込んだ。
智恵子は徳市の顔をのぞきながら心配そうに問うた。
あなたの叔父様は……
厳格な方……
徳市はすっかり鬱ぎ込んでしまった。絶望的に云った。
そうでもないんですけど……
とにかく相談してみましょう……
智恵子母子の眼は急に輝やいた。熱情を籠めて云った。
ええ……
是非どうぞ……
徳市はうなだれて星野家を出た。
その時来かかった王冠堂の番頭久四郎は徳市とすれ違うとふり向いた。たしかに徳市と認めると帽子を眉深《まぶか》くしてあとをつけた。
―― 16[#「16」は縦中横] ――
徳市はボンヤリと山勘横町へ来た。憲作の事務所の扉を押した。階段を昇った。
久四郎は入口の処であたりを見まわした。入口の扉に耳を寄せて徳市の足音を聴いた。そのまま近所の物蔭へ隠れた。
徳市は屋根裏の室《へや》へ来た。ストーブに石炭を投げ込んで火をつけてあたりながら考えた。
憲作が帰って来た。徳市の眼の前に突立って見下した。
どうしたんだ……
女に振られたのか……
徳市は力なく頭《かしら》を左右に振った。
憲作は腰を下して徳市と膝をつき合わせた。
何でも話してみろ……
力になってやる……
徳市はうるさそうに頭を振った。
憲作はポケットから新しい札《さつ》の束を出して机の上に積んでトンとたたいた。徳市の顔をグッと見込んで笑った。
徳市はチラリと札を見た。手を振って顔をそむけた。
憲作は妙な顔をした。札を掴んで徳市の鼻の先に突きつけてしきりに効能を説き立てた。
徳市はいよいよ浮かぬ顔で聞いた。おしまいに憲作が突き出した札を押しのけながら腹立たし気に云った。
ダメダ……
本物でなくちゃ……
絶対に……
憲作は札を持ったままジッと徳市の様子を見た。
徳市の眼から涙が一すじ流れ出て頬を伝うた。
憲作はポンと膝を打った。
わかった……
貴様は星野家を救おうと云うんだな……
よし……話せ……
工夫し
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