すが》って這入って来た。徳市の花束を受けると涙ぐましい程喜んで母に見せた。
 徳市は智恵子|母子《おやこ》に立派な服装をした老紳士を紹介した。
  私の叔父です……
  足達|万平《まんぺい》と申します……
  父同様のもので……
 万平は鷹揚な態度で名刺をさし出しながら、
  お近付きに……
  お茶を一ツ……
  お差し支えなければ……
 と二階の食堂の方を指した。
 智恵子母子は感激に満ちたお辞儀をした。

     ―― 13[#「13」は縦中横] ――

 四人の席は帝劇の食堂で注目の焦点となった。
 王冠堂の番頭久四郎は友達二人とはるか向うの席でビールを飲んでいたが、四人の姿を見ると驚いてフォックを取り落した。
 友達は怪しんで理由《わけ》を尋ねた。
 久四郎は顔をじっと伏せて友達の顔を見まわした。苦笑しながら唇に手を当てた。
 智恵子|等《ら》四人は立ち上った。
 万平は徳市に眼くばせをした。智恵子|母子《おやこ》に向い叮嚀に一礼して別れを告げた。
 徳市は不満そうな顔をして頭《かしら》を下げた。
 智恵子母子は二人を引き止めた。
  まあこのままでは……
  是非宅まで……
  何も御座いませんけど……
  お忙しいところ恐れ入りますけど……
 万平は徳市に眼くばせ[#「くばせ」に傍点]しながら一二度辞退した。
 徳市はワナワナきょろきょろした。
 万平はとうとう承知した。
 三人は喜んだ。万平を取り巻いて自動車に乗り込んだ。
 二三名の紳士が智恵子のあとを見送って眼を丸くし合った。
  凄い腕だな……
  驚いた……
  あの男嫌いが……

     ―― 14[#「14」は縦中横] ――

 万平と徳市は星野家で晩餐の御馳走になった。
 万平は帰りともながる徳市を引立てるようにして暇《いとま》を告げた。

     ―― 15[#「15」は縦中横] ――

 徳市は単身背広姿で星野家を訪れた。
 智恵子|母子《おやこ》は引き止めてなれなれしくもてなした。
 徳市は盛んに母子の機嫌を取った。すっかり母子と打ち解けてしまった。
 母親の時子は徳市を深く信用したらしく真面目な内輪《うちわ》の話を初めた。
 徳市は勿体ぶって軽くうなずきながら聞いた。幾度かあくびを噛み殺した。
 時子は熱心に話を進めて最後に云った。
  今手許にある株券を……
  三万円
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