てやる……
 徳市は図星を刺されてギョッとした。大きな溜息を一つした。うなだれて考えた。やがて思い直して憲作の顔を見た。うなだれたままポツポツ話し出した。
 憲作は腕を拱《こまぬ》いて聴いた。時々眼を丸くした。最後に高らかに笑った。
  ナアーンダ……
  それ位の事か……
 徳市は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。
 憲作は札の束を両手でしっかりと持って徳市に見せた。
  イイカ……
  この札でこの株を買うんだ……
  買ったその株をすぐに売って現金にかえる……
  それから星野家へ行って贋札とすりかえる……
  俺はその間の利益を取る……
  罪にはならない……
  どんなものだ……
 徳市は喜びの余り口をアングリした。憲作に縋《すが》り付いて拝んだ。
 憲作は悠然と笑った。徳市の耳に口を寄せて何事か囁やいた。
 徳市はいくつもうなずいた。
 憲作は室《へや》の隅から酒とコップを取って徳市にすすめた。
 徳市は神妙に手を振った。
 憲作は笑って一杯干した。二杯目を注ごうとする時フト階下の方に耳を傾けた。コップと酒を隅に片付けて窓の破れから外をのぞいた。急いで引返して来て徳市の耳に何事か囁やきつつ札の束を仕舞《しま》った。
 徳市はワナワナ顫《ふる》え出した。
 憲作は徳市の手を引いて立ち上った。
 数名の警官が乱入した。
 憲作はピストルを放った。
 警官が二名倒れた。
 憲作と徳市は屋根から逃れ去った。

     ―― 17[#「17」は縦中横] ――

 徳市と万平(憲作)は自動車で星野家を訪れた。
 智恵子|母子《おやこ》は喜んで出迎えた。
 徳市は応接間で智恵子と話した。
 万平と時子は智恵子の父の肖像を掲げた書斎で相談をした。
 時子はやがて手提《てさげ》金庫から株券の束を出して万平の前に置いた。
 万平は株券を調べた。満足の笑みを浮かめた。懐中から札の束を出して机の上に置いた。
  お望み通りの価格で……
  唯今頂戴致しましょう……
 時子は深く感謝してうなずいた。
 万平は株券と札の束を取り換えた。株券を手提鞄の底深く仕舞った。
 時子は手先をすこし震わしながら札の束を勘定し終って叮嚀にお辞儀をした。手提金庫に仕舞った。
 憲作は帽子と外套を取って立ち上った。
  私はすこし急ぎますから……
  これで失礼します……
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